Ⅰ 論考:流れ創りの新KPI "売上高/SCCC" (リードタイム当り売上高)
野村政弘(元デンソー)記
利益って何だろう? 「作ってナンボ」から、「売れてナンボ」へ
会社にとって利益を上げることは生命線。だが、そもそも利益を「作ってナンボ」で考える
フォード以来の伝統的知識と、トヨタが中小企業時代に始めたJITの「売れてナンボ」の知
識では、結果に天地の開きが出る。特に本社がこれに気付くことがJIT経営成功の出発点。
1)制度会計の常識的知識は
個当り原価=その製品を製造するのに要した費用(人件費+設備費+仕入費ほか)/生産数量
ということは、「利益=売上―原価」の「利益」は、在庫(材料費、人件費、減価償却費など
仕掛原価の収納箱)をどんどん作るだけで1個当たりの単位原価はどどんどん下がり、従って
利益はどんどん増える.これが「作ってナンボ」のロジックである。
これに対しトヨタの大野さんは、「私が40年間戦い続けたのは、このとんでもない会計の
考え方だ」と米人記者のインタビューで語った。言い換えれば、借金して設備投資をして、
賃金を(現金で)支払っても、売れないで残っている在庫は、会社の倉庫に「資産」という
名目で眠っている。つまりお金(キャッシュ)が 資産(在庫)という名目で滞留し、現金
未回収状態になる。それでも在庫増分だけ、帳簿上の利益は増える。そこから配当をすると
株主は喜ぶ?この名目上の利益に追い打ちをかけて、さらに「法人税」という現金支出が待
ち受けている。これが今の多くの製造業の現実。そのため中小企業経営者はお金の工面に走
り回り、挙句の果ては債務超過の"黒字倒産"という事態となる。
2)次に考えよう ”ROE”(自己資本利益率)って何 ?
そこに追い打ちをかけてきたのが、株主資本主義で最もポピュラーな米国発の指標ROE
(自己資本利益率)。ハーバード・ビジネス・スクールからは、「良い会社かどうかはROEで
判断すべき」と言われ、日本の経済産業省のまとめた「持続的成長に向けた長期投資研究会
報告書」(2014年)でも「ROE8%が日本企業の遅れを取り戻す」とされた。
ROE指標では、上述の作ってナンボの利益計算に加えて、更に借入金を増やすとその分
「自己資本の比率が下がり」ROEがよくなる( これを「レバレッジ効果」と称し、「リー
マン・ショック」の引き金なった)。
結局、伝統的知識では、兎に角借金をしてでもお金を集めて、必要以上に大量生産をして在
庫を溜めて単位原価を下げることが、利益とROEを良くして株価を上げる一番の方法と
なる。この「作ってナンボ」の思い込み(知識の型)が、バブル経済崩壊後の経営者を苦しめ
てきたといっても過言ではない。この思い込みを直すKPIはないものか?
3) 新KPI SPL ~ 「売れてナンボ」の「回転」重視型「三方よし」経営の提唱
これに比べて、製品を売って回収したお金を元手にして、その自己資金で設備、材料を買
い、賃金も支払って生産し、それを顧客に販売して回収した増加したキャッシュを、次の
増産や開発に使う。これをを繰り返せば、同じ自己資金で次第により多くの「利益=増分
キャッシュ」を生み出すことができるようになる。常識人なら誰が考えても、これが一番
競争力(持続可能性) ある経営と分かる。これがTPSの 「売れてナンボ」の知識に
ほか他ならない。この「売れてナンボ」の知識をサポートする指標を提唱する。
SPL(Sales Per Lead time):リードタイム当たり売上高= 売上高/SCCC
SPL値が高い程、資金回転増による利益増イコールキャッシュ増となる。SPL式には
発生主義会計の「利益」の項目はないが、「実質的な儲け」である懐(ふところ)のカネ
いわゆる手元流動性(手持ち現金)が増えているので「黒字倒産」など起きようがない。
しかも、SPLの分母のSCCCは「仕入れ先への支払いをより早く」をするほど、SP
Lは良くなる。これは、日本企業の原点である「三方(売り手、買い手、世間)よし)」
経営のBtoB生産性を押し上げる。米国発のROEでは「株主良し」だけであり、BtoB
を含む「世間よし」にはつながらない。日本型経営とアメリカ型経営の本質的な違いが
ここにある。
また、資本市場では、企業のROEが「作ってナンボ」と「売れてナンボ」のどちらで
達成されたのかを,SPLで簡単に見破ることができる。SPL指標を媒介に、20世紀
の「株主資本主義」から、21世紀の「ステークホルダー資本主義」への進化が実現しそ
うである。
以上
Ⅱ論考: SSMT:JIT経営分析と資本市 ROE(量)とSCCC(速度)の連携で捉える経営の実力
(河田 信)
学際研究(Inter-disciplinary Reserach)の奨め
(ポストコロナ対応の経済学、会計学、IoT・AIの統合に向けて)
Ⅰ プロローグ :
新型コロナショックで、グローバルサプライチェーンが寸断。ホンダも、中国から
の輸入部品ストップで、工場は生産一時休止と聞いた、この時期、経営や行政の喫
緊課題は、「モノとカネの流れの速さ(リードタイムまたは 資金循環速度
(SCCC)」のV字回復、つまりは「流れ創り」である。
だが、流れ創りの先輩格のトヨタ幹部からも、ジャストインタイムは導入しても、
1-2年ですぐ逆戻りする例が多いと、よく聞くのは何故か?、「売れてナンボ」、
或いは「売れた量以上に作る」無駄を、本社や既存の会計学や経済学では、う
まく説明できないためである。
トヨタですら(リーマンショック当時)量優先の思い込みを犯して、空前の営業赤
字に転落したことがある。この時は社長自身が、「売れた数しか作らない」トヨタ
の原点に帰ろうと反省して、4年後に、過去最高益に回復した。ホンダは、当時、
人件費が日本の20分の1の中国に部品工程を全面外注し、組立を国内で行う、「ス
マイル戦略」に拠ったが、リードタイムが延びて資金繰りが悪化、ついに岐阜の美
濃加茂工場閉鎖に追い込まれた。
21世紀20年代のポストコロナ経済の今、まさに「量より速度」「モノ、カネ、
情報の流れ速度」モノやカネの寝ている時間のムダを(現場だけではなく)、
経済学、会計学が、従って企業の本社がうまく説明し、組織で共有できるか否か
がBtoB生産性の勝負の時を迎えている。前世紀とは真逆の「大ロットより
小ロット」「アウトソーシングよりインソーシング」「サプライヤーへの支払い
は(遅いほどではなく)早い程、お互いが得」など、今までとは真逆の知識の型
への転換競争である。
Ⅱ政策提言
2020年6月 政府骨太方針で、企業の"BtoB"の上に政府の"BtoG"として公共工事
の「盆暮れ払い」から「60日以内支払い」への短縮を率先垂範で実行。これだけで
日本のSCCCはドイツを追い越す。その上でさらに民間のBtoB支払いサイトを60日
以内からさらに翌日払い、瞬間払いへと、デジタル化により、カネの流れの10倍
速の実現を狙う。
《中部地区モデル》~改革は地方から
政府主導のデジタル化、電子受発注システムは、残念ながら、中小零細企業の2/3は
対応はムリである。また、年商1000万円以下の「免税事業者」は消費増税のピンチに
直面している。そこで、中部地区としては大手中堅のデジタル化だけでなく、QRコー
ドの利活用による、「這えば立て、立てば歩め」で中小零細企業のインフラ構築で、
ピンチをチャンスへの逆転を狙う。BtoB事務の悪習ともいうべき「月次バッチ処理」
の小ロット化と、決済までの一気通貫処理で、資金繰り改善にも貢献する。
Ⅲ 生産性の奇跡(Productivity Miracle)=「経営士」と「技術士」コラボの時代
本社力次第で、「ごみ工場」が1年内に「1個流しのスマート工場」へ。国境を越え
て中小企業に起きている「速度生産性(リードタイム短縮)の奇跡」(マレーシア、
イラン、カンボジアなど)。一方、21世紀経営の勝負を決めるのはデジタル化、AI
化であることも確か。だが、政府、民間とも要注意は「量」から「速度」への価値観
と流れ重視へのKPI切換えを先行させることが必須。ROEなど 短期利益偏重型
KPIを21世紀型KPIに是正できた企業にのみ、流れ創り生産性の奇跡は訪れる。
Ⅳ エピローグ : 「技術士」と「経営士」のコラボ期待
在庫許容などでムリして短期損益をよくすると、キャッシュ不足から
倒産へ。待ち時間のムダや仕掛低減などは、一旦は減益でもキャッシュ
増と資源余力増で、V字回復と三方よし経営へ。この道筋を本社が理解
できれば、生産性の奇跡は確実。
一方、AI、DX化時代を迎えたからといって、「機種別レイアウト」のままで、
センサー設置やAI化を行ってもしてもほとんど効果はゼロ。そこで、流れ重視の価
値観へ切換えて、「U字型レイアウト」の流れ改善を施してから、AI,DXを適用
する順序が肝要。そのためには、政府、企業、大学、経営コンサル、大げさに言えば
人類そのものが、縦統治、部分最適、現状維持バイアスから横連携、全体最適、現状
変革思考への価値転換が問われている。これが21世紀のポストコロナ経営の課題では
ないだろうか。